雲上人であるユウキの一人ごと
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みなさんのダイエット話を教えて下さい
みなさんのダイエット話を教えて下さい

 今晩は。ダイエットと言えば、かつて「三日間だけリンゴダイエット」というのを挑戦したことがあります。・・文字どおり、リンゴ以外の食品を三日の間一切摂取しないというものです。

 これを月日をおいて三回ほど行いました。・・しかし、この方法は個人差や体調の関係もあってか、あまりお勧め出来そうにはありません。
 
 (当方は、一応こなしましたけれどもこのダイエットの最中に、骨密度を測ったら、危険数値のストライクゾーン、でしたので。)

 現在は、特に意識してダイエットは行っておりませんが・・一品食ダイエットには十分に注意をしてほしいものです。ただ、肉食中心を避けるようになってから大分体が軽くなりました。

 あとは、出来るだけ小食に努めることかな。・・おかわりしたいところを辞退するという程度なのですがね。

 まあ、そんなところでしょうか。・・で、前述のリンゴダイエット。・・三日間のリンゴ生活から脱出した後が問題であり、次の日一日目はいきなり普通食を始めたら、体調を壊すとの注意書きがありましたので、おかゆと小魚と青菜という簡素な食事から徐々に日常の食事へと移行しました。

 一度こうと決めたら、意志表示だけは強かった模様で、我ながら奇妙な気分でした。確かにしばらくは体重が落ちましたが、しばらく経てば案外元に戻ります。

 ・・あれが食べたいこれを飲みたいという欲望はありました。そういう時は、「自分はリンゴだけしか食さない生き物なのだ」だから、その必要は無いと強く暗示をかけました。

 この経験によって、何を得たかというと・・・特にありません。・・しかし、おじやとかおかゆが大好きになってしまいました。

 では、本日はこの辺で。
 
ルシウスという男(「テルマエ・ロマエ」を読んで)
 
 ルシウス・モデイトゥス・・は、ミーイズムな人物である。・・奥方には、逃げられて?しまったがこれほどの魅力的な男は、いない。

 ちなみに、ミーイズムとは、自分の信念に忠実な者の事を指すのであり、我儘とは違う。このミーイズムこそ、究極の男の鏡であると私は思う。

 風呂のお湯を媒介にして、古代ローマと日本の温泉郷がつながっているのが何となく、意味深。

 再び水面に顔を出した時、そこが生まれ育った時代の元の場所であるとは限らないという、何とも不思議な現象にまみれてしまう物語なのだが。

 仕事に忠実というよりは、寝ても覚めても「風呂建設」のことばかりが彼の脳裏を占めている。決して、ブレナイな人物である。
 また、風呂建築以外の事には外見だけの自分本位な認識で判断し、片付けようという姿勢も時々みられてそこが、何とも滑稽である。

 時代を経るごとに、異文明をも飲み込んでいった古代ローマ。・・今は、失せし国家とは言え今も尚前進し続けているような錯覚さえ感じてしまう。

 ルシウスは、遭遇した日本人達を「平たい顔族」とかおっしゃってはいたが、ルシウス自身はローマ市民とはいえ、その父祖は古代ギリシア出身だったのではないのかと思う。

 ただ、他の属州の人間とは違って、ギリシャ人は比較的市民権を得るのが早かったのではなかったろうか?(むしろ、人種的にも尊敬されていたし。)

 食欲旺盛なローマにとって、文化や学問は文明向上のためには必要なものであった。実は古代ローマの父祖は、アジア圏の人たちであるから極端を申せば、「平たい顔族」なのだ。

 トロイ(現:東シリア?)から、逃れてきた兄弟が始祖であるとされている。・・トロイはギリシアによって滅ぼされたとの伝えではあるが、やがてローマ帝国を建設しギリシアを征服した。しかし、ギリシア人の矜持までは、支配出来なかったのではなかろうか。

 元トロイ人達も、積極的にギリシア人との交婚をはかり、その混血児が「ローマ人」となってゆくのであるから。

 が、中でもルシウスは、外見といい気質といいほとんどギリシア系の血が周りの人間達より勝っている人物であるように見受けられる。

 要は、自分の現に存在する?時代でも、比較的変わった男なのである。

 彼自身はローマ人たる事を誇示しているが、彼の気高いまでのミーイズムこそが、実はギリシア人の証なのかもしれない。
 このちぐはぐな、ルシウスという男は多分見ていて面白いのである。

好きな給食のメニュー教えて!
好きな給食のメニュー教えて!

 今晩は。・・そうですね・・、わかめご飯が一番好きだったかな。実は、あまり手の込んでいないものが美味しく感じられました。一生懸命に作って下さるのはありがたいなあと思いつつ、シンプルなおかずの方が好みでした。

 で、給食が終わったら帰りたいなぁ・・、とよく思っておりました。午後まで、学校にいる必要がないでしょ?多分・・。お友達は、好きだけれども長く教室に居たいと思ったことはありませんし。

・・だいたい授業は基本的に聞いていないのが現状でした。

 お友達も適当にいたような気がしたし、気になる御方もいらっしゃったんですがそれと、これとは別。

 給食が終わると、集中力は皆無に近かったからね。・・その後、教室に居たって無駄というものです。

 夕方近くに終わって、腹が減って晩方部活が終わった道中コンビニで買って食う、わかめご飯のお握りが美味いのは気のせいですかね?

 それよりは、学校の活動は午前中で終わってしまいましょうよ。・・というか、時々早退しました。・・何故か身の内から沸き起こる旅情に駆られて。

 なんだったんだろうな・・その感覚。気がついたら古本屋なんかに居たり。「明日の★ョー」を立ち読みして泣いたり。

 では、本日はこの辺で。
本日は、大人しく・・。??
 
 読書、に耽っておりました。・・本日読んだ本は、「童謡のなぞ解き」(合田 道人著)です。
 何気に、知っている童謡でも、こんなに深い意味や実在の出来事があったとは、久しぶりに脳裏にさざ波を覚えました。

 中でも、「真白き富士の嶺」は、恐ろしくもあり、悲しくもありました。・・学校では、習いませんでしたが、ゴスペル・賛美歌のような美しく儚い旋律の為か・・前々から印象に残っていた唱でした。
 しかし、実在に存在した事故だったとは改めて驚きを隠せませんでしたね。

 時は、近代化に勤しんでいた?明治末期。十二人の学生達が、命を落としたボートでの海難事故。これからを有望されていた若い命だっただけに、悲劇はより深くあるのでしょうか。

 当時、彼等の間で流行っていた「蛮食会」の内容にも、悲惨極まるものがありました。・・・自分達で狩りを行い、獲物を捌いて肉としその料理を楽しんでいた会合であったとか。

 正直、ゾッ・・としました。・・あるいは、いくら無知?だったとは言え、この行為こそがいわゆる「天罰」の対象になったのではないのかと(あくまでも、私見ですが)。加えて、天候を甘く見たこと。それらの要因が折り重なって、発生した事故。

 無情な言い方をするならば、自分達の不徳が招いてしまった出来事という事になりえるのでしょうか。

 彼等の今際の願いも天には届く事もなく・・、僅かに息があった者も、その日・・医者が不在の為に浜辺で亡くなってしまいました。

 江の島には、幼い兄弟が・・波間にもがきながら天を仰ぎ見るような銅像が立っています。

 銅像、またはその肖像。

 それは、どのようなカタチであれ・・天からは永劫に許されず、その生前に命の在り方の判断を誤った、成れの果ての姿かもしれません。

 (・・もしくは、尊いはずながらも・・二度と天に帰る事があたわらぬ「天の刑罰」を譬えたものなのでしょうか。)

 後の人々の手によって、生前よりもさらに重い肉体が与えられ、決裂・断絶を下したの天を恨み仰ぐような彼等の叫喚は、おそらく・・・誰の耳にも届かない・・。
 たたみかけて、彼等を悼む歌が、彼等の魂を地に縛り付ける・・・。

 銅像。・・それ自体はなべて、過去にこの地上にあった偉人や英雄とたたえられた人物の群像もあるというのに・・?もし、それらすらも・・天刑の牢獄(拘束)だとしたら・・?

 「風の摩擦、雨の淘汰、時の趨勢。・・いっそ、非情なるそれらの方が、余程に彼等にとって・・慈悲なのかもしれない。・・」

 かくして、私達は・・彼等の頭上にあと、いくつもの歳月を見る事になるのでありましょうか・・?

 本日は、これにて失礼致します。
 
ゴールデン・ウィークはどのように過ごしましたか?
ゴールデン・ウィークはどのように過ごしましたか? 

 今晩は。・・今シーズンは、ちょいと料理にこだわってみました。・・なかなか、頭使いますね。・・野球中継を流しながら、気分は屋台の親父さんです。

 焼きそば、お好み焼き、ラーメンと、ほぼ、B級グルメな感じでしたが。

 ファミマのおでんに憧れて、マネしてみたりもしました。先日、とある山間の村人からおでんをごちそうになり、その地域には珍しい、ちくわぶが入っていたので少々珍しがったり。

 あまり、食ってばっかりで動かないでいるとメタボ心配があるので、気が向いたら縄跳びをしておきます。(・・何て、かっこ悪い俺様。)

 あと、同期の奴らは、フットサル(室内サッカー)三昧だったらしい。しかし、再来月とあるパネルデに出席するので、デブらないようにしないとな。・・教師取得(僧籍)として初の奉仕活動になるようなので初めっからデブだと今後身動きが取れなくなるというわけで。

 ところで、フットサルって何だ?足にお猿でも取り付けんのか?・・それとも、足がお猿のように毛深いのを見せびらかす大会なのか?
 カーリングは、お掃除当番にしか見えないぞ。・・ワックスがけ御苦労さん。

 最近小説が、全然湧いてこないぞぉ。・・て言うか、普通の日記書くの苦手なんですよね。薄っぺらい人格がばれてしまうではないかい。・・本日はもう、適当に打ち込んでいます。

 子龍さん、孔明さん、大好きだぁああぁぁ!!

 では、本日はこれにて。



 
「物語」は、愛情より生じるもの。
 
 今晩は。・・って、本日の今朝ふと、そう思いました。
 つまり、その人物をこよなく愛せるからこそヒストリアやエピソードが見出されて、描けるのでしょうね。
 確かに、誰しもの境遇や頭上には、少なくとも一冊以上の「小説」が存在すると思います。

 それを「自伝書」はともかくとして、他者によって、記録されるか著作とあいなるかは、周囲や後世の人達の愛情や敬念にかかっているのかもしれません。

 言うなれば、そういった愛念が深くあるからこそ・・向き合い描くべく智慧も持久力も長続きするのでしょうか。

 恋愛にも似た、否それ以上の情愛によって、その「舞台」や「人物」を象れる一つの物語が生み出されるとの事。

 そして、その物語を受け継ぎ語り継ぐのが、読み手と書きての関係とも言われていますね?(・・当方は、今のところ書き手というには憚りがあるので、読者側の立場で述べます。)

 つまり、人を動かす原動力は・・ひとえに「愛」に尽きるといっても過言ではないと思います。よって、世に数多ある「自伝」そのものは、否定しませんが・・自分から自分を語るのは、ほどほどにした方が良いのかな?と考えさせられたりします。

 自己保存欲・自己顕示欲は、誰にも存在することですし・・それ自体は尊いものです。
 しかし、その先、相手がその人物に深い愛情を抱かない限り、「自伝」の存続は決して長くは続かないものです。

 ましてや、余程ではない限り、「自分」を主人公にした物語を「書かせること」、「聞かされること」、「見させること」を強要するのは、言語道断かと存じます。

 やはり、それは心から愛せる者ではないと注目するのは、無理というものです。

 だが、それは自分自身にも言えることかもしれません。
 例えば、何らかの記事を書くときや話をする時に、自己中心的になってはいないか。立ち勝って、自論愛に陥っていないかどうか・・。

 気をつけてはいても、その点が拭えない節も大いにあるので、それをなるべく薄くすることを自分の課題にしたいと思います。

 今は亡き高徳な人物、失われた高尚な歴史に真摯な愛情を注いだ時、あるいは・・世に貢献せし発明や発見、多くの人命を救える行動や学術に一途な情熱を込めた時にこそ、「物語」として輝ける価値があるとするのでしょう。

 自分自身は、基本的に「無神論者」ではありますがそれらの輝きの中にこそ、「神の姿」を見る思いであり、愛情を知るべくものであると信じてやみません。
 (また、いつの日にかそのような「物語」を描きたいという個人的な希望もありますが。)

 では、本日はこの辺で失礼致します。
得意なモノマネ教えてっ!
得意なモノマネ教えてっ! 

  カラスの鳴きマネ、かしらね。
 あと、犬の遠吠えなんかもやるわよ?

 東山三十六景、山の峰峰に紫の霞がたなびく黄昏時に佇んでいると、そんな衝動に駆られるのよん。

 そこへ行くと、何故人間に生れてきたんだろうなって思うくらいに夕暮れに馴染んでしまい・・くぐもった鐘の声を聞くと、古都の甍が私の胸裏に迫ってくるの。・・・・

 すみません、少しふざけてしまいました。

 椅子取りゲームや、フルーツバスケットの類の時、罰ゲームとしてモノマネ披露とか、ありましたよね。・・あれは・・中々、恐怖でした。・・
 しかも、片思いのあの方の前で、できるかっつーの
 
 いや、やりましたけれどね・・多分。・・だって、先に進まないでしょ。それとも、アカペラで歌を歌ったかな?

 因みに、当時の音楽の成績は2、でした。

 今も、音感には少々自身がありません。では、では。
心に響いた格言を教えて!
心に響いた格言を教えて! 


 今晩は。格言、ですか?色んなところで、様々な言葉に出会い・・それらに支えられて生きているような、この頃です。

 自分自身は、放っておくと結構くよくよする湿っぽい性格なので「格言」は生きていく上で欠かせないのかもしれません。
・・あと、かなり早とちりな面もあって我ながら鬱陶しい時もあります(苦笑)

 「明日は、明日の風が吹く」、とか「明日の事は、明日考えよう」などという言葉に出会うとホッと致します。
 (自分の計画通りにいかなかった場合、イライラしがちなので直そうと思います。)
 
 一時期、年期の入った銀幕映画ばかりを好んで鑑賞していた時があり・・その科白に中には、かなりの頻度で、機智に富んだ格言が盛り込まれていて、人生の勉強になりました。
 そこには、引き際の美学が含蓄されていて、物語自身がとても凛々しいのでしょうね。

 例えば、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラや、「カサブランカ」のンフリー・ボガードの人間的な魅力も一言では言い尽くせぬものがあります。
 「人は、パンのみで生きるにあらず」という、言葉もあるくらいですから言わば・・格言も一種の栄養素になりますね。

 では、これにて。

 
GWの過ごし方、教えて!
GWの過ごし方、教えて! 


 ひたすら、遊園地へ行きたいと思っていますが実現したことが・・ありません。で、あっという間にいい年こいた大人様です。
 実はね、メリーゴーランドに憧れているんですけれども・・いや、羞恥心が先に立ちます。万が一知人に見つかったら・・と思うとたちまち笑顔が引き攣ることでしょう?
 ・・それとも、今ならもれなく回転酔いでもするのかな。

 あんまり、楽しみすぎると不安になるのは気のせいかな・・、この頃は、為になる本を読んで英気を養った方が気楽だったりします。
 (というより、休日の方がお勤めが入ったりします。皆さんが、お休みに入らないと出来ないような職種に従事しているので、GWは返上ですね。)
 
 しかし、GWの娯楽は程々にしておいた方が身の為かもしれません。・・・この時期で色んな差がついちゃったりします。とのこと・・去年は、資格試験が控えていたのでGWは、あまり遊びませんでした。・・どうやら、今年もお勤めが入っているのでそうなるでしょう。・・・と、言いつつ終わった後の一杯のお茶が、どのような娯楽や御馳走よりも代え難いものです。

 当方は、お祭り騒ぎの後の虚しさが・・・最も苦手です。それなら、むしろ最初からごく普通に過ごしたいという形になりますね。締めすぎず、緩め過ぎずその路線で過ごせたらいいなと思います。

 ではでは。
700円もらったら何に使う??
700円もらったら何に使う?? 

  ケータイ、から失礼致します。

 う〜ん、どうしましょうね?・・・たまには、高い品質のお茶を買って帰りますか。それとも、五百円は、豚様貯金で、二百円をさりげなく小銭入れに。
 雰囲気セレブ編?と、生活者地道編??に分かれますね。

 で、五百年玉は、大きいですよ!
 前に、ためまくって一気に宝くじを買おうとも思ったのですが、別な事に使いました。・・・次こそは、宝くじの大量買いに使うぞ〜!という、野望があろうかと思います。

 ではでは。